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6-13 疑惑の目 1

last update Last Updated: 2025-05-23 20:04:13

 昼休み、翔がオフィスで食事をとっていると朱莉からメッセージが入ってきた。

『明日香さんのことで大事なお話があります。もしよろしければ今夜お話し出来ますか?』

「明日香のことで……?」

(何だろう……何だか嫌な予感がする……)

『今夜は会議が入っているので22時頃なら朱莉さんの処へ行けると思う。食事は会社でで食べて来るから気にしないでいいよ』

翔はそれだけ打つとメッセージを返した。するとすぐに朱莉から返信が来た。

『お待ちしています』

「……やはり何かおかしい……」

翔はポツリと呟いた。いつもの朱莉なら何か一言メッセージが添えられているが、今回に限り、添えられていない。まるで何か切羽詰まった状況を感じずにはいられなかった。

「何だか嫌な予感がする……」

そして翔の予感は見事に的中するのだった――

****

22時15分――

翔は朱莉の部屋のドアの前に立っていた。インターホンを鳴らすと、程なくしてドアが開けられて朱莉が姿を現した。

「こんばんは。朱莉さん」

翔が挨拶をすると、朱莉も頭を下げて挨拶をしてきた。

「こんばんは、翔さん。お仕事でお疲れの所お呼び立てしてしまい、申し訳ございませんでした。どうぞ中へお入り下さい」

「ああ……それじゃお邪魔します」

リビングへ行くと、ミシンが置かれていた。そしてベビーベッドにはぐっすり眠っている蓮の姿がある。

「ミシン……?」

翔の視線に気づいたのか朱莉が恥ずかしそうに言った。

「あ、あの……実はレンちゃんの為にベビー服を縫ってあげたいと思って、この間ネット通販でミシンを買ったんです」

「へえ〜朱莉さんは裁縫が得意なんだね。あ……そう言えば以前手編みのマフラーをくれたことがあったね。あのときはありがとう。寒い日はマフラーを使わせて貰っていたよ」

改めて礼を言うと、朱莉は笑みを浮かべた。

「使っていただいて良かったです。編み物は母に教えて貰ったのですが、ベビー服は初心者なので今はまだ簡単な物から作っているんです」

「そうなのか。もし蓮の服が出来たらその時は俺にも見せてくれるかな?」

「はい! 勿論です。今お茶入れてきますね」

朱莉は立ち上がるとキッチンへと向かった。翔はソファに座り、何気なくウサギのネイビーが入っているケージを見た。そこには微動だせずにじっと目を開けているネイビーがいた。

「へえ……こんなに大人しかったかな……?」
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